2015年にスペインに渡って、フラメンコを勉強していて感じていたこと。
今年ショパンコンクールの配信で、たくさんのピアノの演奏を聴いて感じたこと。
それは、言語は芸術にものすごく大きな影響を与えるのではないかということです。
さまざまなバックグラウンドを持つアーティストたちのそれぞれの演奏を聴いて、ますます気になってきた言語と芸術の関係。
音楽における言語の影響、言語と芸術の関係について考えてみました。
私は芸術家でも専門家でもないので、愛好家の私が感じたこととして読んでいただけると幸いです。
自然に話される言葉の影響
フラメンコは踊りのイメージが先行しがちだけど、歌(カンテ)から始まっており、音楽と私は捉えています。やがてギターが加わり、踊りが加わりました。
フラメンコやピアノなど音楽において、言語が芸術に影響を与えると感じたのはなぜか。
それは人々が話す言葉のリズムや呼吸、抑揚、アクセントなどが、その人が創造する音楽に大きく反映されるのではないかと思うからです。
想像しやすいのは歌。言語がそのままダイレクトに音楽になっているので、声楽など歌を歌う人で歌詞の言語を学んでいない人はいないはずです。また、詩を元に作られた曲は、言語から派生した音楽ということになります。
しかし、私がここで言及する言語とは言葉の意味や発音ではなく、誰かが問いかけたらそれにレスポンスする呼吸とか、考える間とか、ツッコミ入れるタイミンングとか、生活の中で自然に話される言葉。
例えばフラメンコでは「コンパス」と呼ばれる拍子。ヒターノたちの普段の話し方や相槌などが、そのままコンパスに派生したのではないかという印象を受ける時があります。
そして「ハレオ」と呼ばれるフラメンコのかけ声。これはもうそのままスペイン語なので、普段の会話のテンポが音楽に溶け合っています。
おすすめ関連記事 ▷ フラメンコのハレオ(かけ声)の種類とかけ方やタイミング
言葉と音楽はものすごく関係が深いと思っていて、ショパンコンクールの配信を見てその感覚が一段と強くなりました。
ポーランド人のDNAとポーランド語
ショパンコンクールの中で印象に残ったものの一つとして、ポーランドの人が弾くマズルカやポロネーズがありました。ポーランドの遺伝子的なものを感じたからです。
最初にそれを感じたのは、ポーランドのアンジェイ・ヴェルチンスキ(Andrzej Wierciński)さんが2次予選で弾いた「英雄ポロネーズ」です。
なんだか独特の揺れリズムがある。そういう風に弾こうと思っているのではなく、自然弾いたらそうなるという感じがしたのです。
彼の演奏を見ていて感じたのは、溜めて弾いているのではなく、遺伝子的に刻まれているポーランドの血による揺れなのでは?ということ。そして、彼らが普段話すポーランド語も密接に関係しているのではないかということ。
言葉では表せない揺れリズムで、おそらくご本人は無意識なんじゃないかと思います。
そんなポーランドの遺伝子が気になった状態で3次予選の彼のマズルカを聴いて、やっぱりこれはDNAだ!と思いました。
ポーランドの絶品料理ってこんな感じなのかな。揺れリズムと憂いある音色がたまらないです。
育った国や国籍で制限を設ける話をしたくない気持ちはあります。自分が外国の文化を学ぶ立場でもあるからです。
でもポーランドの人たちが演奏する特にマズルカを聴いて、ポーランドの遺伝子と彼らが日常的に話す言語は、音楽にダイレクトに影響を与えるのではないかと、ものすごく感じました。
地元ポーランドで子どもの頃からポーランドの民俗舞踊に触れる機会があることは、マズルカやポロネーズを体感的に理解するのに役立っているはずです。
それに加えて、彼らが話す言語や会話が、彼らが表現する音楽に表れるような気がしました。
普段話しているリズム感でマズルカやポロネーズを弾くことができるからなのだろうか。ポーランドの人たちからすれば、マズルカはお手のものなのか?という印象を受けたくらいです。
アンジェイ・ヴェルチンスキさんがポーランドラジオのインタビューで、「ポーランドのピアニストが、ポーランドの民俗音楽の特徴を持つショパンのポロネーズなどを解釈(演奏)するのに、アドバンテージがあるか?」という質問にこう答えていました。
間違いなく役立つけれど、それは正確な解釈(または演奏)を保証するものではありません。
なかなか興味深いです。
interpretacionに当たる単語が「解釈」を意味するのか「演奏」を意味するのかでニュアンスが少し異なると思いますが、ポーランド人として経験することが必ずしも正しい(とされる)音楽表現につながるわけではないということでしょうか。
インタビューはポーランド語なのでわかりませんでしたが、コメント欄に英語の要約を載せてくださった方がいて、それを参考にさせていただきました。0:58あたりからがその内容だと思われます。
彼のポーランド語インタビューを見るとポーランド語は一切わからないですが、話し方が甘くて優しい感じがするんですよね。彼の演奏もそんな感じのしっとり感。
話し方と演奏もリンクするのかなと思いました。
その国の言語と人々を理解すること
生活体験や文化的な体験は芸術に影響を与えると思います。だから私はフラメンコを学ぶために、スペインに行きました。
テクニックは日本でも学ぶことができるかもしれない。でも生活や文化的体験から得られるものは大きく、それはどうがんばっても日本では体験できないことです。
そして、フラメンコを学ぶならスペイン語を理解することは必須。
同時にスペイン語を単なる言語として理解するだけでなく、スペインでどのように使われているのか、スペイン人にはどのような意味合いを持つのか、彼らが話すスペイン語をスペインの感覚で理解することも重要だと感じました。
スペイン語として存在するけど日本語にうまく訳せないものがあるから。それはスペインの人たちが使う感覚を養っていくしかない。とても難しいけど。
フラメンコならスペイン語(古くはヒターノ語=calóなのかもしれない)、クラシック音楽なら作曲家が話す言語で理解した方がしっくりくる表現があると思います。
訳というのは元の言語を他の言語に「変換するとしたらこれ」というもので、実際には異なる言語は1対1で結びつくものではないと思うからです。
スペイン語を勉強していて、日本語だとうまく訳せなかったり、日本語ならAとBの中間の意味を持つものがあると感じます。
逆もあります。日本語でこう言いたい時スペイン語でなんて言うのだろう、ってスペイン人に聞くと「一言で表す言い方はない」と言われたりするの。
また、どのような状況でその言葉が使われるのか、どんな感情を伴って使われるのかによっても、言葉の意味は異なってきます。
頭の中で外国語を日本語に変換するのではなく、もともとのニュアンスとして理解するためには、言語と合わせてその国の人々のことを知ることが大切だと思います。
おすすめ関連記事 ▷ フラメンコのクラスで使われるスペイン語単語・用語まとめ
人々を理解し芸術を深める
2015年のショパンコンクールのインタビューで、私の大好きなゲオルギス・オソキンス(Georgijs Osokins)さんが言ってたことも印象的でした。
You have to analyze his music,
you have to know Poland,
you have to know Polish people,
you have to know Polish folklore,
in order to understand what he meant to say.
彼(ショパン)の音楽を分析して
ポーランドのことを知り
ポーランドの人々のことを知り
ポーランドの民俗を知る必要がある
彼が何を言おうとしたかを理解するためにAnd for me it’s very important to know his language, know every piece in order to understand his style as an artist his art.
私にとってとても大切なことは、芸術家としての彼のスタイル、彼の芸術を理解するために、彼の言語を知り、彼の全ての作品を知ること。
ここで言うlanguage=言語とは、ポーランド語という意味ではなくもう少し広い意味での「ショパンが言いたいことや伝え方」ではないかなと推測しています。
ショパンのことを理解するためには、ポーランドの人々やポーランドの民俗風習を理解しなければいけない。
オソキンスさんはラトビア生まれ。ポーランドはお隣のお隣で地理的に近い場所です。言語はポーランド語とラトビア語で異なるけど、文化的にも近い部分があるはず。
それでもショパンの音楽を表現するために、ショパンという人を掘り下げて理解しようとするだけでなく、ポーランドの民俗や文化への理解をとても意識されているのだなと。
ちなみに、インタビューのラストはめちゃくちゃかっこいいこと言っています。ショパンコンクールに参加することを3つの言葉で表してと問われて答えた3つがこちら。
Taking risks.
Improvising.
Capturing the atmosphere of the hall.
リスクを取ること
即興すること
ホールの空気を捕らえること
とてもかっこいいアーティスト!!この方の考え方がとても好きです。
言語と芸術に関連しそうな本
これまで読んだ本の中で、言語と芸術に関連していて興味深かったものをご紹介します。
言語が音楽に与える影響、言葉から音楽を捉える視点があります。「余白の多いもの=音楽の即興性」の考え方もおもしろかったです。
比較的読みやすいので、音楽鑑賞に興味がある人におすすめする本です。
生活の様式が身体、言語、リズム感覚、メロディ感覚を決定するという視点。言語に先立つものとして生活様式を挙げていると理解しました。大地に向かうのか天空に向かうのか、農耕民族か遊牧民族かなどの違い。
結構難しい内容だと思いましたが、視点を広げてくれる。何度か読んで理解を深めたい本です。
言語と芸術の関係
今回ショパンコンクールの配信を見て、言語と音楽の関係についてますます興味が沸きました。
「そんなの関係ねぇ!」と考える小島よしおな人もいると思うし、「あたりまえ体操」で音楽家はみんなヨーロッパの多言語を操ってますよが事実なのかもしれない。そこはわからない。
スペインでフラメンコを学ぶ場合は、スペイン語がわからないとクラスで先生が言うことが理解できないので、嫌でもスペイン語に向き合いました。(フラメンコのアーティストは英語を話さない人の方が多いから)
音楽に言葉はいらない、音楽は言葉や文化を超える、という感覚もわかるし、作曲家が話した言語がわからなければその人の音楽が表現できないとも思いません。
私が感じているのは、言語やその言語を話す人々を知ることは、その芸術を創造した人や伝承する人を深く理解することに確実につながり、表現する音楽に大きな影響を与えるのではないかということです。
この探究を深めていくと沼にハマりそうな気もするけど、なかなか気になる議題ですよねぇ。
最後まで読んでくれてありがとう。
Hasta luegui!!!
おすすめ関連記事 ▷ 音楽の中にドイツ語?題名のない音楽会「言語を感じる音楽」
コメント