先日、サッカーチーム「レアル・ベティス・バロンピエ」の最も古いペーニャ・ベティカ(Peña Bética)である「Peña Bética Puerta de la Carne」にお邪魔してきました。
溢れるベティシズム(Beticísmo)を語ってくれたペーニャのソシオ、根っからのベティコたち。
ベティシズムは、サッカーが好きという概念を超えている。
サッカーをあまり知らない私でもそう感じるほど、ソシオであるベティコたちから語られたベティシズムは特別なものでした。
世界で一番古いベティスのペーニャ
私が訪れた「Peña Bética Puerta de la Carne」は世界にあるベティスのペーニャの中で一番古いペーニャで、創立は1927年。あと10年経てば100年の歴史を持つペーニャになります。
ペーニャとは愛好家が集う場所。ベティスのペーニャはPeña Bética(ペーニャ・ベティカ)と呼ばれ、ベティスの愛好家たちがソシオ(会員)となる。
世界には500を超えるベティスのペーニャがある中で、一番古いのがセビリアにあるここ。
世界中に点在するベティスの公式サポーターは52,000人と言われる中で、「Peña Bética Puerta de la Carne」のソシオは500人もいるそう。さすが老舗ペーニャ!
ちなみに日本にはベティスのペーニャはないそうです。乾選手がベティスで活躍すれば、日本にもベティスのペーニャができる日が来るのかな。
ベティスのペーニャに行った動機
さて、そもそも何故サッカーに縁もゆかりもない私がレアル・ベティス・バロンピエのペーニャに足を運んだのか。
それは、ベティコからベティスに対する話を聞いたこと、そしてペーニャのソシオであるベティコたちとの出会いがきっかけです。
ベティコの友達からベティシズムを聞く
私の友達に熱心なベティコがいて、以前にベティスへの熱き特別な想いを私に語ってくれたことがありました。
一人の人生をも動かす「ベティス」って何なんだ!
と、ベティコの特別な感情に驚き。サッカーが好きとかそういう話ではない。
フラメンコに心動かされている私は、ベティコのベティスへの感情がフラメンコに対するそれにも似ているような気がして、ますます「ベティコ」に興味を持ちました。
関連記事 ▷ 「ベティスは人生」ベティコが語ったレアル・ベティスへの熱い想い
たまたまペーニャの前を通りかかる
そんな時にたまたまセビリアの中心部を歩いていたら、ベティスのペーニャを発見。
と、中を覗こうとする我。フラメンコのペーニャは行ったことがあるけど、サッカーのペーニャは見たことなかったんで覗いてみようとしたのです。
しかし改装中と張り紙があり完全に閉まっているので帰ろうとしたその時、ペーニャからソシオであるベティコたちがわらわらと出てきたのでした。
とこんな感じで流れに任されたらペーニャで話を聞くことになったのです。さすがセビジャーノ。トントン拍子とはこのこと。
あ、ちなみに車には乗りませんでした。そこはSEVICI(セビリアのレンタサイクル)で。
ベティスはサッカーとは関係ない
約束した日付から結局1ヶ月後となってしまったけど、ベティスのペーニャに話を聞きに行く機会をいただきました。
ペーニャの外観は普通のバル。中に入ると、今回時間をくれたソシオのAntonio-1さん、Antonio-2さん、ソシオ会長が出迎えてくれました。恐縮です。。
説明を担当してくれるというAntonio-1さんに「私は申し訳ないけどサッカーのことを全然知らないけど、ベティコの文化に興味があって来ました。」とお伝えしたところ、
「それなら、君にとってとてもいい場所に来たね。なぜなら
ベティスはサッカーとは関係ない。ベティスとは感情だから。
これからベティシズムを説明していくよ。」
と言われました。
ベティスはサッカーとは関係ないと言い切ったAntonio-1さん。他のお二人も「そうだ、そうだ。ベティスは感情(sentimiento)なんだ。」と言っています。
サッカーとは関係ない?一つのサッカーチームなのに?
少々疑問が浮かぶ私でしたが、後にあのフレーズを聞くことで意味がわかりました。
ペーニャの中は小さなベティスの博物館
ペーニャの中に入ると奥に事務室と会議室があり、奥にはサロンがあります。
会議室にはトロフィーや選手の写真、ペーニャのソシオの写真、ベティスに関する本、ベティスグッズなどが飾られていて、小さな博物館のようになっています。
ベティス専用の演説台。
ベティスのグッズやトロフィー。
2001年6月17日、ベティスが一部リーグに上がることが決まったのは、2ゴールを決めたから。その時にガストン・カサス(Gaston Casas)選手が履いていたシューズ。
ベティシズムの象徴「Manquepierda」
ベティスには「Manquepierda」「マンケピエルダ」という表現があります。ベティコ・ベティカたちには馴染みの深い表現なのでしょうが、私はペーニャを訪れて初めて聞きました。
たとえ負けたとしてもベティス万歳!
という意味で、ベティシズムを象徴する言葉。
「Manque pierda(マンケ ピエルダ)」と離して記載することもあります。「Manque」はアンダルシアの方言で「Aunque」が訛ったもの。「Aunque pierda(アウンケ ピエルダ)」「負けたとしても」と理解すればしっくりくるよね。
この言葉が意味するところは、
たとえ負けたとしてもベティスを応援する気持ち、ベティコであることは変わらない。ベティスは一つの感情だから、勝ち負けは関係ない。
ということ。
ベティコたちにとってみればベティスの試合に行くこと、ベティスが生活の中にあることがベティシズムであり、サッカーチームとしてのベティスが云々という話ではないそうです。
「Manquepierda」という言葉が生まれたのはこのペーニャ。まさにベティシズムが生まれた場所。
奥のサロンには「Manquepierda」と書かれた旗がありました。ベティコが集う場所に「Manquepierda」の精神あり。
どうしてベティコになったのか
前にベティコの友達から話を聞いた時にも質問したのですが、ペーニャのソシオにも同じ質問を投げてみました。
その答えは、ベティコの友達と全く同じものでした。
意訳すると
生まれた時からベティコだった
(から特に理由はない)
「自分がそう感じるから。ベティスの感情があるから。だから俺はベティコなんだ。」
この質問をした時のソシオ3人はちょっと困っていた。そんなこと聞かれても答えがないからなのだと思う。彼らにとってみれば
「なんで人間になったのですか?」
って聞くような質問だったのだろうな。
ベティスのペーニャ訪問を終えて
ベティコたちがベティスと共に生きる様、ベティシズムは、想像していたよりも深いベティス愛で、そして世界で唯一無二のものでした。
地元だからこのチームが好きとか、この選手がいるから好きとか、強いから好きとか、そういう思いで特定のサッカーチームを支持するのだと思ってた私。
でも、サッカーチームを支持するということは、そのチームと共に生きるということを意味するのだね。
最後には私にたくさんのお土産を持たせてくれた「Peña Bética Puerta de la Carne」のソシオたち。話を聞かせてもらったのにお土産まで…恐縮です。
来シーズンから乾選手がレアル・ベティスに仲間入りするから、ベティスの試合は日本人もたくさん見に来るのではないかな。
ぜひ試合だけでなく、ベティシズムが生まれた場所「Peña Bética(ペーニャ・ベティカ)」に行ってみてほしい。セビリアには10を超えるベティスのペーニャがあるから。
ペーニャで説明してくれたAntonioさんはライターさんだったそうで、私がペーニャを訪れた内容がDEPORTES ABC Sevillaに掲載されてました。乾効果。ではないんだけどな。笑。
ペーニャ訪問の後、またもや「車で送ってくよ。」と言われたけど、やはりSEVICIで帰りました。
最後まで読んでくれてありがとう。
Hasta luegui!!!
コメント
コメント一覧 (5件)
moniさんこんにちは!
でしたら、
うちが日本で唯一の
ペーニャ ベティカpeña béticaですね(笑)
a que sí !!
ベティスのFacebookのオフィシャルサイトにも
取り上げて頂きました!(笑)
私もセビージャで長く働いてました。
https://www.facebook.com/realbetisbalompie/videos/1543526342369266/
なんと!日本にもベティスのペーニャがあるんですね!
これは衝撃の事実だ〜!「日本にはない」って言ったペーニャの人たちに知らせなきゃ。
このビデオはFacebookにしかないのですか?可能であればtwitterで是非シェアさせていただきたいのですが。
セビージャで働かれていたのですね。根っからのベティコさんなんですね(^^)
はじめましてこんにちはmoniさん!
ということは、
うちは日本で唯一のペーニャ ベティカかも。
ベティスのFacebookのオフィシャルサイトにも
取り上げて頂きました!(笑)
https://www.facebook.com/realbetisbalompie/videos/1543526342369266/
僕も以前、
セビージャで働いてました!
乾の活躍で
日本にもベティスファンとペーニャが
増えるといいですね!!(笑)
>じゅんさん
そうですね!
セビージャのベティコたちの間でも乾さんは期待されているようでしたので、活躍されることを祈っています(^^)